いつかは欲しい 憧れのPEライン「TUF-LINE」

皆さんはWestern Filament, Inc.という企業をご存知ですか? 1991年に世界初となる超高分子量ポリエチレン素材の釣り糸を世に送り出したアメリカの繊維メーカーです。つまり、PEラインの元祖を作った企業です。

今回の記事はコラムとして、PEラインの歴史に触れ、私たちにとって馴染みのある道具がどのようにして誕生したのかをご紹介したいと思います。そして現在も歴史ロマンを感じさせてくれるPEラインが販売されていますので(冒頭のTUF-LINE CLASSICです!)、そちらもご紹介しますね。

実用化までの長い道のり

エンジニアリングプラスチックとしての超高分子量ポリエチレン(UHMW-PE)の登場は古く、1950年代まで遡ります。この時代はまだ研究機関による試みであり、1960年代から1970年代にかけても製造方法の改良が続けられ、より分子量の大きなUHMW-PEが生み出されていきます。どの時点をUHMW-PEの起源とするかは、どの程度の分子量から超高分子量と呼ぶのかという問いと関係します。確実に言えることは、UHMW-PEの実用化は長い年月の中で幾人もの発明者たちのおかげで成し遂げられていったということです。

さて、UHMW-PEの実用化に最初に成功したのはオランダの国有会社(後に民営化)であったDSMという化学メーカーです。1970年代の終わりにUHMW-PEをデカヒドロナフタレン溶液に混ぜてゲルにしたものを延伸してフィラメント(繊維)を得られることを発見します。この方法は工業化できる可能性があったことから計画が立案されました。それは、ダイニーマ・プロジェクト(Dyneema project)と呼ばれました。

DSMは繊維の専門家ではなかったため、同じオランダの化学メーカーでありアラミド繊維を扱っているアクゾノーベルに助言を求めました。ところがアクゾノーベルの回答は「UHMW-PEには将来性がない」というものでした。実のところ、アクゾノーベルはアラミド繊維の覇権争いでアメリカの化学メーカーであるデュポンに負けていました。その理由の一つは、アクゾノーベルのアラミド繊維トワロンは、デュポンのケブラーよりも耐熱性が低かったことによります。その点において、そもそもUHMW-PEは耐熱性が低い素材であるため、結局はケブラーに勝てないだろうと予想されたのでした。

実用化を目指した矢先、既存のアラミド繊維ケブラーに勝てそうにないとわかり、ダイニーマ・プロジェクトは頓挫しかけます。しかし、強い関心を向ける企業も現れました。それが日本の繊維メーカーである東洋紡と、アメリカの航空宇宙材料メーカーのアライドシグナル(現ハネウェル)です。東洋紡はダイニーマ・プロジェクトに加わり、アライドシグナルは異なる製法で挑むこととなります。その結果、DSM・東洋紡によるダイニーマと、アライドシグナルによるスペクトラという2つのUHMW-PE素材の繊維が誕生しました。

ついにUHMW-PEはラボから工場へ、そして市場へと飛び出しました。しかし、またしてもDSMが期待していた未来とは違う、厳しい現実が待ち受けます。

計画において、これらの繊維はグラスファイバーやカーボンファイバーを置き換えることを狙っており、航空宇宙材料メーカーのアライドシグナルが興味を示したのも、繊維を元にして樹脂の板を成型し、軽量な航空機を作れると考えたからでした。ところが、UHMW-PE素材の繊維は引張強度のみに優れた素材であったため、平面や立体構造への利用には不向きであることがわかります。これに気づいた時には、すでに多額の研究資金を費やしており、大きな失望とともにプロジェクトにも暗雲が垂れ込めることとなります。

ひとつ、ダイニーマやスペクトラが全く新しい優れた糸であることは確かでした。ひとまず手近な用途としての衣類やカバン、そして防弾ベストなどへの利用が模索されますが、なかなか成功への道筋が見えません。そのような流れの中で、最初に商業的な成功を収めることになったプロダクトは、私たちアングラーがよく知る「釣り糸」でした。

PEラインの登場

1991年、アメリカの繊維メーカーであるウェスタンフィラメント(Western Filament,inc.)は世界初となるUHMW-PE素材の釣り糸を製造しました。これにはスペクトラが用いられ、現在までTUF-LINEというブランドで知られています。

同社のCEOであるレックス・ネルソン氏が語ったことによれば、UHMW-PE素材の繊維を釣り糸として成立させるまでの難関は2つあったそうです。

1つは均一に編み込むこと。初期のプロトタイプは編み込みのガタが大きく、釣り竿のガイドを通り抜ける際の糸鳴りが酷かったと言います。

そして、もう1つはコーティングです。プロトタイプのテストを通じて、UHMW-PE素材の糸はコーティングを施さなければ釣り糸としては機能しないと判断されました。しかし、非常に滑らかな表面を持ち、薬品にも強いUHMW-PEに接着できるような素材と方法はなかなか見つからず、大変な試行錯誤があったと言います。

現在においても各社が編み方とコーティングの改善を続けていますが、PEラインの開発初期から存在する難題であったことがわかります。またこのことからウェスタンフィラメントが当初から完成度の高い製品づくりを目指していたことも知ることができます。

その後、同社が1993年から1996年にかけてSPIDER WIREの製造を受注したことは、この分野での地位を確固たるものにしたと考えられます。

当時、アメリカの法執行機関向けの装備品メーカーであるサファリランドは、防弾ベストに使用しているダイニーマで一般市場向けの製品を販売することを決め、そのブランドをSPIDERと名付けました。そして、1994年にSPIDER WIREを市場へ投入すると、軍や警察向けのメーカーが作ったということでも反響を呼び、たちまち世界中でセールスを伸ばしました。その熱気が冷めやらぬ1995年、アメリカの大手アウトドア用品メーカーであるジョンソンアウトドアーズはサファリランドからSPIDER WIREのブランドを取得、さらに2000年には(日本でもお馴染みの)ピュアフィッシングへブランドが移り、現在までSPIDER WIREは販売が続いています。

このようにして、ウェスタンフィラメントは世界初のPEラインを製造しただけでなく、PEラインの王者であるSPIDER WIREまでも製造していたわけです。

TUF-LINE以外の製品について、もう一つ興味深い話があります。現在はシマノが扱っているPower ProというPEラインです。Power Proはウェスタンフィラメントの元従業員が立ち上げたブランドで、その後にシマノが取得しました。そのようにしてみると、欧米で主要なPEラインのブランドの大半が、遡ればウェスタンフィラメントに起源があるのです。

Western Filamentと日本

ウェスタンフィラメントはPEラインの歴史を語る上で必ず登場する企業ですが、日本のアングラーにはあまり知られていないと思います。しかし、歴史の舞台裏には数奇な物語が秘められていました。様々な記述を追った結果、日本は戦争というかたちでウェスタンフィラメントに間接的に影響しており、それが現在の釣具にも関係していたということでした。

1941年、日本が真珠湾を戦闘機で攻撃した時、アメリカは大きな問題を抱えました。この攻撃が意味していたことは、パラシュートの材料であるアジア産のシルクが調達不可能になったということ、そして、パラシュートなしで戦闘機の空中戦に挑まなければならなくなったということでした。大急ぎでアメリカはシルクの代替品として研究段階にあったナイロンの実用化を目指します。この時にナイロン製品の製造を担ったのがウェスタンフィラメントでした。

第二次世界大戦が終わった時、ウェスタンフィラメントの倉庫には大量のナイロンが在庫されていました。もはや軍からの注文はなくなったため、代わりの用途を見つけねばなりませんでした。そこで、ウェスタンフィラメントはボート用品や釣り用品を製造します。この転機により、釣り糸はシルクの天糸(テグス)からナイロンラインへと移り変わっていきます。

1973年、ウェスタンフィラメントは経営の安定化のために産業用製品に注力することを決め、釣り糸などのレクリエーショナル製品の多くを廃止すると、しばらくの間はそれらが作られることはありませんでした。そして経営が好転すると、1990年には工場をカルフォルニア州からコロラド州へ移転しました。新しい生産設備の下、かつてそうであったように、レクリエーショナル製品の製造を再び始めます。そこから先はもうご存知のとおり、1991年には世界初のPEラインを誕生させることになるのです。

戦争が愚かな行為であることに疑いの余地はありませんが、もしもあの戦争がなかったならば、私たちは未だにシルクでできた天糸(テグス)を使って魚を釣っていたのでしょうか? ちょっとだけ不思議に感じます。

ちなみに米軍の装備品に用いられている素材は、コーデュラナイロン、ケブラーと来て、今ではダイニーマがよく用いられています。そう、アクゾノーベルの予想に反して、ダイニーマはケブラーを超える人気を得たのです。アクゾノーベルはDSMと組まなかったことを後悔したでしょう。でも、もしもアクゾノーベルが組んでいたなら、代わりに東洋紡が座る席はなかったかもしれませんね。

TUF-LINEが欲しい!

というわけで、なるべく手短に書きたかったのですが、そこそこの文字数になってしまいました。まあ、その後も1996年にはバークレイから新製法を施したファイヤーラインが登場してPEラインは瞬く間に次のステージへ進んだり、中国もUHMW-PE繊維の競争に加わったことでDyneemaならぬChineemaと呼ばれる製品群が登場したりと、話題としては非常に面白いです。これらについては、また別の機会にしたいと思います。

さあ、やはり歴史を知ると、元祖PEラインを使ってみたいと思うわけです。もちろん現在まで改良され続けているため全く同じものはないのですが、一番近いものとしては、アメリカ製でスペクトラを用いているTUF-LINE CLASSICです。

TUF-LINEは長らくウェスタンフィラメントのブランドでしたが、2019年にノルウェーの大手釣り用品メーカーであるマスタッドが販売するようになりました。遠いなー、日本市場から遠い。ピュアフィッシングの傘下になれば日本にも入ってくるかもしれませんが、そうでない海外ブランドって日本ではまず手に入らないんですよね。

そのようなわけでですね、本稿を執筆した2023年9月21日時点、Amazonで注文できそうなのはマスタッドではなくてウェスタンフィラメントの頃のTUF-LINE XPでした。マスタッドにブランドが移ってからはパッケージデザインが変更されて精悍な印象になるんですが、ウェスタンフィラメントの頃もアメリカンな感じがいいです。

このTUF-LINE XPはCLASSICよりも新型で、現在のTUF-LINEの基幹モデルです。Tension Lock Technologyという製法を用いており、強いテンションをかけながら編み上げることでブレイドの構造的な弱点である「ゆるみ」を低減しています。同強度の一般的なブレイドと比較して直径が細いためスプールへの収まりがよく、結束強度に優れ、キャスティングでは飛距離が伸び、穂先絡みを軽減し、耐摩耗性も向上していると説明されています。

しかし、価格が高い! ¥8,792もします。本来は150ヤードで¥3,000くらいの商品なんですが、個人輸入業者を通じての購入になるためか3倍くらいの価格がつけられています。しかもCLASSICは取り扱いがないし。

うーん、歴史に思いを馳せながら90年代スタイルのタックルで釣りをする、なんていうのもオツだと思うんですよね。マグネットブレーキもこの時代に登場したものなので、ぜひ合わせたい。

といったところで、今回は以上です。気が向いたらこういった記事も書いてみようかと思っています。気に入っていただけたらグッドボタン…ってのはないので、ときどき読み返していただけたら嬉しいです!